1. 大脳と認知機能
認知機能について知るためにはまず脳の解剖を把握しておくとイメージしやすいでしょう。脳は体重の約2%の重さがあり、(体重60kgの人ならば)1.2kg前後あります。その構造は大脳、小脳、幹脳の3つに分類されます。大脳は脳の80%とほとんどの部分を占めており、物事を考える、決定するなど知的な部分を担っています。小脳は歩行する、バランスをとるなどの運動部分を司ります。幹脳には呼吸中枢などがあり、生命のコントロール部分となります。つまり大脳は思考を司っており、司令塔のような役割を果たしていることがわかりますね。
さらに大脳を細かく見ていくと、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉の4つに分かれます。
前頭葉は、思考、性格、理性、記憶、感情のコントロールなどを司り、大脳全体の約30%を占めます。ちなみに前頭葉が大きい他の動物にチンパンジーがいますが、それでも10%ほどです。交通事故などで前頭葉が傷害を受けると、例えば几帳面な人がだらだらするようになったり、幼稚な性格になったり、物忘れがでてきたりします。通常、人の成長段階に合わせて前頭葉も発達していきます。人が人らしくあるために最も重要な部分といえます。
側頭葉は目の後ろから耳の後ろぐらいまでの範囲に位置しており、言葉の理解や記憶を司っています。海馬という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 海馬は記憶を司っています。タツノオトシゴに形が似ているので海馬と名付けられています。お酒を飲んで記憶が曖昧になるのは、この海馬が影響しています。アルコールで海馬の機能が低下するためです。
頭頂葉は頭の頭頂付近にあります。顔、手足など体全体からの感覚情報が集まります。この感覚で触った物が何かを認識しています。例えばポケットの中の複数の小銭を触って、十円玉とわかるのは、この感覚情報があるからです。
後頭葉は視野を司っています。人の顔や物の形を認識します。
4つの脳の働きを書きましたが、重なっている機能もありますね。脳は光や音、感覚などを受け取り、瞬時に連携して、体を動かしています。
2. 認知機能
認知機能とはなんでしょう? 広辞苑では、「生物が対象の知識を得るために、外部の情報を能動的に収集し、それを知覚・記憶し、さらに推理・判断を加えて処理する過程」と定義されています。やや難しく定義されていますが、1で説明した大脳の働きから考えると、見たり触れたりして情報収集を行い、瞬時に考え判断し、行動に移す過程と言えるでしょう。人は判断の連続で生きています。ケンブリッジ大学の研究によると、人は1日に35,000回もの判断をしているそうです。この35,000回は人が1日に決断できる回数の最大回数だそうです。判断回数が増えるほど、人は疲れを生じます。
朝ごはんは決まった物を食べるなど同じ習慣を行うのは、仕事や生活の生産性を上げるためと言われています。有名なアップルの創業者故スティーブ・ジョブズ、そしてFacebook(現メタ社)の最高責任者のマーク・ザッカーバーグは毎日同じような服を着ています(いました)。その理由は決断回数をなるべく少なくして疲労感を減らし、もっと重要な判断をすることに備えるためと言われています。
このように私たちの毎日は判断の連続で成り立っており、その過程で認知機能は必須の能力です。
3. 物忘れと認知症の違い
物忘れは誰にでも起こります。ついさっき食べた朝ごはんが思い出せない、今なにをしようとしていたのか忘れてしまった、などさまざまあると思います。こういった経験があると、認知症ではないかと心配される方もおられるでしょう。ここで単なる物忘れと認知症の違いについて説明します。
単なる物忘れは、体験したことの一部を忘れる、一部を伝えると思い出せる、忘れていることを自覚しているという状態です。そして、一番の違いは日常生活に支障がない状態だということです。対して認知症は、昔のことは覚えていますが、新しいことを記憶できない、ヒントを伝えても思い出せない、忘れていることを忘れている、日常生活に支障がでる状態であることを指します。
物忘れの状態は、朝ごはんは食べたことを覚えているけど、メニューを忘れている状態ですね。しかしメニューを忘れていることを自覚しているので、思い出そうとします。認知症の方は朝ごはんを食べたこと自体を忘れており、また忘れていること自体を自覚されていないので、朝ごはんを食べていない、出されていないと怒る、もしくは、そのまま食事量が減少するなどの事態が起こり、日常生活に影響が出ています。
4. 高齢者人口・介護からみた日本の現状
総務省統計局の最新2022年では日本の総人口は1億2471万人と前年度より82万人減少する中、65歳以上の人口は3,627万人(前年度3,621万人)と約6万人増加し、過去最多となりました。総人口に占める割合は29.1%と約3割を占めています。65歳以上の高齢者全体の17~18%と言われています。年齢が高いほど認知症の方の割合は増え、85~89歳の方は約40%、90歳以上では約60%以上が認知症と言われています。
厚生労働省「国民生活基礎調査」によると要介護となった原因としては認知症が一番多く、17.6%となっています。次に脳血管疾患、高齢による衰弱となっています。この国民生活基礎調査は3年に一度行われている大規模調査です。2001年の調査では、脳血管疾患が27.7%と1位、認知症(当時は痴呆という呼び名)は10.7%でした。要介護になる原因も4位でした。この原因は、4で挙げたように、平均寿命が伸び、高齢化社会となったからと言えるのではないでしょうか。
5. まとめ
大脳の構造から認知機能がいかに私たちの日常に必須なものであるか、また現状の日本の人口構成から考えると認知症はとても身近な症状であり、他人ごとではなく自分ごとと捉え、正しい認識を持つ必要性があることをお伝えしました。
今後ますます高齢化社会の進行が予測される日本では、認知症は身近な症状として捉え、正しい接し方を理解し、個々のそして社会全体の取り組みとして、認知症の方とそのご家族様が安心して暮らせる社会であることを前提として考えていく必要があります。本記事がその一助となれば幸いです。次回は、認知症の方との関わりで重要なコミュニケーションについてお話しします。