これは、50代の息子(私・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)地区にある、築100年の古民家です。アルツハイマー型認知症の父・ハルシの“昼夜の逆転”を、なんとか阻止しようと奮闘する息子ですが、なかなか改善の兆しが見えません。バツイチ同士の親子2人っきりの介護の日々に、早くも暗雲が立ち込めます。

1. 夜中に起き出した父が向かった先とは…?

基本的に、我が父は「スカタン」です。スカタンとは、非常に高度な関西弁で「憎めない鈍臭さ、間抜けさ」のような意味がありますが、大切なことは、そこに “ほのかな愛情” を含有しているところです。

在宅介護にもそれなりのリズムができてきましたが、ハルシの“昼夜の逆転”は一向によくなりません。そんなある夜のことです。深夜、私は熟睡状態から、かすかな電子音によって奇跡的に目がさめました。

「ピー ピー ピー ……」
寝ぼけながら、「あれは、何やろ?……眠い……まあええわ……無視しとこ……」と、寝床の中で目をつむったまま思いました。
しかし、また何か別の物音がして、ざわざわと胸騒ぎがし始めました。そして突然、ガバッと起きて、ハルシを探しました。

まずは台所。電気を付けてパッと見たところ、いつもの指定席にハルシはいません。お次はハルシの部屋。暗闇の中そっと部屋の戸を開けると、ハルシは、寝床の中にもいません。一瞬、マジ焦りました。冷や汗がドッと出ました。
その時ふと台所のほうで物音がしたので、私はまた台所へ行きました。すると、絶対にハルシがいるはずのない場所、ハルシが立ってはいけない場所、台所のいちばん片隅、コンロの前に、ハルシが立っていたのです。

夜中に起き出した父が向かった先とは…?

2. 息子のために団子汁をつくろうとするハルシ

コンロの前に立っていたハルシが、火を使って、小さい鍋で、何やら夢中で料理をつくっていたのです。私はおびえてふるえながら、そっと、「ハルシ、いったい何をつくっているんや?」と問えば、団子汁だと答えました。冷蔵庫から豚肉を出し、不思議な茶色い味噌のような出汁を小鍋の中でつくり、たぶんメリケン粉(小麦粉)がなかったからでしょう、パン粉を使っているではありませんか。
私はたまらず言いました。

「そんなんで、団子汁ができるわけがない」
「そんなことない、でける(できる)」
「ハルシ、腹が減ったんか?」
「ちゃう、オマエに食わせたろ、思うたんや。いっつもオマエに料理をこさえてもろうてるから、たまにはワシがつくったろうと思ったんや」

私は思わず目頭が熱くなりました。
しかし、それとこれとは話が別です。
先ほどの電子音は、ガスコンロの警告音でした。ガスコンロが弱火の設定で、かつ、ハルシが片手で鍋を浮かせていたので、空焚きの警告音が、ピーピーと鳴っていたのでした。その前には、冷蔵庫のドアの開けっ放しのせいで、ピーピーと冷蔵庫も鳴っていたようです。冷蔵庫はともかく、火はいけません。シャレになりません。

私が出かける時は、必ずプロパンの元栓を家の外から止めるのですが、自分が家にいる時は、まさかと思っていました。完全に盲点でした。油断していました。

ハルシに「やめろ」と言っても、一切言うことをききません。こういう時のハルシは、ワガママを出しまくります。完全に若い頃のハルシが復活するのです。しまいに私は大声をあげて、強制的に料理をつくるのをやめさせました。ハルシは拗ねて、しぶしぶ布団に戻りました。可哀想ですが、仕方がありません。ハルシは、しっかり捨て台詞を吐きました。
「絶対それ、捨てるなよ。わしが明日食うねんからな」
もちろん私は、その場ですぐに捨てました。だって、人が食えるようなシロモノではありませんでしたから。

息子のために団子汁をつくろうとするハルシ

3. 24時間付きっ切りの在宅介護はつらいよ

翌朝、ハルシは、そのことに一切触れませんでした。たぶん、昨夜のことは妄想が引き起こしたことで、朝になって本人はすっかり忘れているのだと、私は自分なりにそう思いました。

ちょうど今日は、精神科の診察の日でした。昨夜の一件を医師に打ち明け、
「昨夜のことが突発的な、ハルシオンの副反応ならいいですが、これがもしそうでなければ、私はもう、父親の面倒を見きれません。無理です。だって、24時間・四六時中の監視は、どう考えても体が持ちません……」と、弱音を吐きました。
医師は、「ハルシオンが原因でしょう。だから、お父さん、もうすっかり昨日のことは、忘れてますよ、大丈夫です」と、自信を持って言います。
「私も、そう思ってます。でも、万が一ちゃうかったら……」
医師が、ハルシに向かって尋ねます。
「久保さん、昨日の夜、何をしたか、覚えてますか?」
ハルシは、医師のその問いかけをクイズだと思って、自慢げに答えます。
「覚えてます」
「なんですか?」
「料理をしました」
「ドッヒャー!!!」
医師と私が同時に、漫画の一コマのように飛び上がって椅子からころげおちました。 
「先生! 親父が、ワシの言うこと聞かずに、次またこんなことしたら、その時は入院! 頼みまっせ」

要介護認定3の称号を持つ父・ハルシを、24時間、1人で在宅介護するのはどう考えても無理!ということで、私はケアマネジャーさんと相談し、デイサービスの利用を本格的にスタートしました。

ところで、ハルシが服用しているこの薬のネーミングは、絶対にまちがっています。なぜなら、これは睡眠導入剤だからです。ややこしくてしかたない。ちゃんと正しい名前にしてください。ONではなくOFF。ちゃんと、「ハルシオフ」としてもらわんと。





写真(トップ):著作者:wirestock/出典:Freepik


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著者:久保研二

久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
https://lit.link/kubokenji

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