2024年1月1日に認知症基本法が制定され、基本理念として①認知症への正しい知識と認知症の人への正しい理解を深めること、②認知症の人の意思や意見を尊重すること、③個性と能力を発揮し社会活動に参画できるようにすること、④家族も安全かつ安心できる日常生活や自立した社会生活を営めるようにすること、⑤切れ目のない保健・医療・福祉サービスを提供できる体制を整備すること、⑥予防、診断、治療、リハビリ、介護方法、社会参加の在り方などの整備を進めること、⑦支え合いながら共生する地域づくりを実現すること、といった7つのポイントが示されました。今回は、認知症の人とのコミュニケーションのポイントを学び、お互いを理解し合い、ともに活躍できる関係づくりに活かしていくためのポイントをお伝えします。

1. 認知症の人の世界観からみた会話

私たちは家族や友人と会話する時には何の苦労もなく、頭の中で思い、考えたことをスラスラと表現することが可能です。例えば「はさみ」を見たときに、目に見えた道具の名前を思い出し、見間違いや道具の名前が間違っていないことを再度確認して、口で道具の名前を「はさみ」と呼ぶことができます。この時、目で「認識」し、頭の中から「知識」を引き出すといったことが間違うことなくことができるので「認知」能力がしっかり働いているということがわかります。私たちの頭の中には約50,000語の単語が入っており、必要な時に手際よく引き出すことができるため、会話に不便や苦痛を感じることはありません。




認知症の人は、目で見たものを認識し損ねたり、正しく認識しても頭の中から名前を引き出すことが苦手になることがあります。また、誤解しやすく、あいまいになりやすい症状は、常に一定というわけではありません。これらの症状には波があるため、ご本人にとって理解しやすい会話やすでに知っている内容や得意にしているテーマであれば、普通に会話を楽しむことができます。

以前に会話が成立しなかったので、きっと会話ができないんだろうと思い込むのではなく、今日は会話ができるかもしれない、このテーマなら頭の中から会話を引き出しやすいかもしれない、とチャレンジするとよいでしょう。誰も声をかけないと孤独感や孤立を感じやすく、不安を増しやすくなるため、安堵・安心できる雰囲気づくりのためにも、コミュニケーションは重要になってきます。

それでは、認知症の人に対してどのようなコミュニケーションが効果的なのか、「話し手」と「聞き手」のそれぞれの場合で好ましい関わり方について学んでいきましょう。

2. 話し手としての4つのポイント

ポイント①:「手を振る」

話し手として認知症の人と会話をする時に大切なことは、「伝える話し方ではなく、伝わる話し方で話す」ということです。「伝わる話し方」は、すでに会話の前から始まっています。急な声掛けでは気づいてもらえなかったり、脅かせてしまったりと、反応は人によってさまざまです。認知症の人は、記憶の苦手が相まって、続きの自分を見失いやすく、時間や場所、今から何をすべきかなどを自問自答しながら一生懸命に考え込むため、外の世界に意識を向けることが苦手になります。そのため①どこから、②だれが、③何を話しかけているのか?を瞬時に判断することが難しくなってしまい、会話のタイミングや内容にズレが起こってしまいます。認知症の人のこのような世界観を理解し、まずは自分の存在を伝えるように手を振ることを私たちは「プレ・コミュニケーション」と呼んでいます。お互いの存在に気付いた後に会話を始めることで、安堵・安心した会話のスタートを切ることができるのです。


ポイント②:「目を合わせ離す」

会話の際には、「目を合わせること」も大切です。しっかり注意集中をこちらに向けてもらうためです。しかし、いつまでも目を合わせ続けることが良いわけではありません。目を合わせ続ける時間は10秒を目安にして、一度目線を外すことが大事なのです。なぜならば、お互いの関係性によっては、目を合わせ続ける行為は「 愛情」として感じられるだけでなく、ときに「攻撃」として感じられたりもするからです。目を合わせ続けることが過度なプレッシャーとならないように一度目線を外し、さりげなく再度目線を合わせることが大切です。


ポイント③:「ジャスチャーの先出し」

会話というと、言葉で伝えることばかりをイメージしがちですが、認知症の人にとっては、言葉ばかりで伝えると、単語の意味が理解できないことがあるため、「ジャスチャーを重視した会話」が重要になります。これは、聴覚情報よりも視覚情報の方が理解しやすいためです。話し言葉のみの伝達率は7%、声の質や音量・速さ・口調・抑揚などに変化をつけた場合の聴覚情報の伝達率は38%、身振り・手振り・表情・態度・所作といった視覚情報の伝達率は55%であるとアルバート・メラビアン(*)は提唱しています。効果的なコミュニケーションツールとしてジェスチャーを使うことが言葉よりも大切なのです。しかし、言葉とジェスチャーを同時に出すと言葉・ジャスチャーのどちらにも集中しなければならないので、「言葉よりも先にジャスチャーを出す」ように伝えることを心がけるとよいでしょう。


ポイント④:「低速会話」

認知症でない人は、伝えるべき情報を次から次に伝え会話を進めていきますが、認知症の人にとっては映画やビデオの「早送り(2倍速・3倍速)」を聞いているような感覚になってしまいます。「あなたの声は聞こえるけど、まだ頭に届いていない」と、認知症の人が自分の感じている世界観を伝えてくれるケースもあります。認知症でない人との会話の速度よりも「半分ほどの速さ」でゆっくり話して初めて伝わると考えておきましょう。ゆっくりよりも「ゆ・つ・く・り」くらいを意識すると、ちょうど伝わりやすいスピードになります。

*アルバート・メラビアン…アメリカの心理学者。人と人とのコミュニケーションにおいて、言葉、聴覚情報、視覚情報がどのように影響を与えるかを調査・研究し、1970年代に発表された結果は「メラビアンの法則」と呼ばれ、広く知られている。

3. 聞き手としての4つのポイント

認知症の人の話を聞く時のポイントは、「うなずき・あいづち」、「オウム返し」「まとめ」「感謝」です。認知症の人は、会話をどこから話せばよいか、どこまで話したかがあいまいになりやすく、少し前に話したことや今しがた話した会話の筋道を失う場合があります。まずは頭の中で整理しながら会話することが認知症の人にとってどれだけ大変なことなのかを理解することが大切です。疎外感や孤独感を感じさせることなく、安心してもらえる聞き手となりましょう。


ポイント①「うなずき・あいづち」

認知症の人は、頭の中で伝えたいことを思い浮かべながら単語を紡ぎ出そうとするものの、スムーズに言葉が出てこない時もあります。そのような時は急かせるのではなく、「相手の呼吸の速さに合わせた」うなずき・あいづちでリズムをつくり、話を促すようにするとよいでしょう。「ここまでの話は理解していますよ」という合図にもなるので話し手の安心感にもつながります。


ポイント②:「オウム返し」

認知症でない人にとっては、日頃あまり使い慣れない会話のテクニックですが、相手の言った言葉をそのまま繰り返すように言葉に発して、理解を示す方法です。「今日は体がきつい」と言われたときに、「どうしたの?」「なんできついの?」と答えを急ぐのではなく、「あら、今日は体がきついのね」とオウム返しすることによって、次の会話を引き出す効果があります。急がば回れでオウム返しを多用しましょう。


ポイント③:「まとめ」

認知症の人は、同じ話を繰り返し話すことがありますが、これは話したことを忘れたというだけではなく、話していなかったら申し訳ないという思いや、もっと伝わりやすいように伝え直そうという配慮が隠れていることがあります。繰り返し言う場合に、「もう聞いたわよ」「さっきも同じことを言ってた」と事実を伝えると、たちまち話しにくい雰囲気になって言葉が出てこなくなるため、これまでに聞いたことを簡単にまとめて伝えるとよいでしょう。自分の話したことが伝わってたという安心感から次の会話に進むことができます。


ポイント④「感謝」

会話の途中や終わりには「感謝」のメッセージを伝えるようにしましょう。「そうだったのね、教えてくれてありがとう」「なるほど、助かりました」など、あなたの話が私にとって有益な情報であったという印象を与えられると、自分が誰かの役に立っている価値のある存在であるという自尊心を高め、自分の経験や思いを語ってくれるようになったり、頭の中の困りごとや生活の相談などを話してくれるようになります。安堵・安心できる人間関係を築くためにも感謝の言葉をこまめに伝えるようにしましょう。


▼この著者の前回までの記事
中期頃の症状とケアの工夫|認知症ケアの専門家、川畑智さんに学ぶ認知症ケア④
初期から中期までの症状とケア|認知症ケアの専門家、川畑智さんに学ぶ認知症ケア③
初期の症状とケア&生活の工夫|認知症ケアの専門家、川畑智さんに学ぶ認知症ケア②
認知症の人が見ている世界を考える|認知症ケアの専門家、川畑智さんに学ぶ認知症ケア①


この記事の提供元
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著者:川畑 智(かわばた・さとし)

病院、施設、社会福祉協議会での勤務経験を活かし、熊本県内10市町村の地域福祉政策に携わり厚生労働大臣優秀賞を受賞。著書「マンガでわかる認知症の人が見ている世界」はシリーズ累計26万部を突破。認知症のリハビリ・ケア・コミュニケーションを学ぶ認定資格ブレインマネージャーや日本パズル協会特別顧問も務める。

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