親の介護や終活について、事前に話し合うのが大切だとわかっていても、切り出し方が難しいものです。「怒らせてしまうのでは?」「期待に応えられなかったら?」そんな不安が頭をよぎり、つい避けてしまう方も多いでしょう。今回は、対話を進める具体的なステップと心構えをご紹介します。

1. 事例から学ぶ:Hさん(40代女性、会社員)のケース

近畿地方に住むHさんの両親(70代)は、東北地方の実家で二人暮らしをしています。Hさんは、70代後半を迎えた両親の将来の介護について具体的に思いを巡らせるようになりました。

Hさんは、今の生活を変えるつもりはありません。仕事があり、子どもも今の環境で育てたいと考えているからです。帰省する度に「友達から『娘さんがいるからいいわね! 羨ましい!』って言われたの」と嬉しそうに話す母親の姿に、Hさんは「私が介護するのが当然だと思っているのでは?」と、うっすらとした不安を感じています。

Hさんには兄がいて、実家の近くに住んでいます。「お兄ちゃんがいるから安心でしょう?」と言うと、母親は「男の子は当てにならないのよ。近くにいたって、顔も出しやしない」と言い切ります。Hさんは「お兄ちゃんには何もさせずに、何かあったら私に頼ればいいと思っているんだ……私にだって仕事や生活があるのに……」と、不公平感を募らせています。

できれば、今後の介護について事前に両親と話し合いたいのですが、「帰って来ればいい」「お前に全部任せた」と、母親の身勝手な要望を受け入れる羽目になるのではないかと、Hさんはなかなか話を切り出せません。

2. いきなり深い話はNG! 緊急時に備えて保険証とお薬手帳の場所を聞いておく

将来の介護について切り出すと「縁起でもない!」と不快にさせてしまうのではないか、との心配に加えて、Hさんのように「親の率直な希望を聞いてしまったらその通りにしなければならなくなるのでは?」「親の期待を裏切ることは親不孝になるのでは?」と不安を感じている方も多くいます。

終活や介護の話し合いで、お金の話や「施設か在宅か」といったデリケートな話題をいきなり切り出すのは得策ではありません。親の立場からしても、自分が介護される未来を考えるのは不快感を伴いますから、否定的な気持ちになりやすいものです。

終活や介護について親と話し合いたいけれど迷っている方には、2つのご提案があります。

1つ目は、親が通院している病院を尋ねたり、健康保険証やお薬手帳の場所を聞いたりしておくことです。

介護の多くは「突然の体調不良で倒れた」「骨折して入院した」などの緊急事態から始まります。搬送先で「既往歴(これまでの病歴)や服用中の薬は何か?」と尋ねられ、答えられずに困るケースが少なくありません。しかし、コロナ禍を経験した今なら「予期せぬ事態で病にかかる」「怪我で入院する」といった状況は比較的イメージがつきやすく、抵抗なく切り出せるでしょう。

飲んでいる薬の内容やかかりつけ医が誰なのかは、家族でも知らないことがあります。まずは「今どんな薬を飲んでいるのか、教えて」と伝えてみましょう。何より、それによって現在の健康状態を知ることができます。

お薬手帳がなければ、薬を受け取る時に添付される説明書でも構いません。「入院した時、薬のことを最初に聞かれるらしいので、保険証と一緒に置いておくといいよ」と伝えるだけでも、今後の対策になります。

いきなり深い話はNG! 緊急時に備えて保険証とお薬手帳の場所を聞いておく

3. 相槌だけで100点満点! 「聞くだけ」に徹して情報収集

アドバイスの2つ目は、「親の希望を知ったからといって、それに全て応えなくていい」という心の持ち方です。

私がお勧めしているのは、情報収集のつもりで自由に希望を話してもらい、その話を聞き切る時間をつくることです。内容が、ご自身の望みとは異なっていても問題ありません。重要なのは、相手の要望を受け入れるのではなく、気持ちよく話してもらうことです。「うんうん」と軽く相槌を打つだけで100点満点です。

介護や終活といった深い話をする際に最も大切なのは、気兼ねなく話ができるように心理的距離を縮めることだと思います。話の中で時々、「なぜ、そうして欲しいの?」と理由を尋ねることで、親が本当に求めていることや大切にしたいことを話すきっかけになる場合もあります。ざっくばらんと話す時間を定期的に設けていると、思わぬ親の本音を聞けることもあります。

「最期まで家で過ごしたい」と言われたからといって、「仕事を辞めて在宅介護しないといけない」「実家に戻らない自分は親不孝者だ」と苦しむ必要はありません。「それだけ家での時間が大事なんだな」と理解するだけで大丈夫です。親自身、介護される経験がありませんから「万が一の時、どうして欲しい?」と漠然と聞かれても、その時の気分によって話す内容が変わることも珍しくありません。

「希望を話してもらうだけで、全てを叶えられないし、叶える必要はない」という心の状態で相手の話を聞く「心の筋トレ」です。話が途切れず、延々と話し続けるタイプの人に対しては、「あと3分でこの話は一旦やめるけれど、まだ言えてないことは?」と、時間管理をすると疲弊を防げます。

話をいったん聞き終えたら、「なるほどねー、理解したけど、全てうまくいくとは限らないから、その時はプロを交えて話し合いをしましょう」と伝えてみましょう。「善処します!」と軽く言って終わらせるのもいいですね。

相槌だけで100点満点! 「聞くだけ」に徹して情報収集

4. 心に余裕を持つだけで、親との対話がラクになる

Hさんは年末に実家へ帰った際、両親が飲んでいる薬やお薬手帳、健康保険証の置き場所について話を聞くことができたそうです。保険証とマイナンバーの紐付けに苦労していることがわかり、あえて兄に連絡して任せることにしたそうです。

また、母親との会話によるストレスも以前とは大きく変わったとのことでした。「『母の希望すること全てに対応する必要はない。ただ気持ちよく話してもらえればOK!』と心の中で繰り返しながら母の話を聞いたら、心に余裕を持って受け止められました。これまで『何かしてあげなきゃ』と勝手に思い込んでいたのかもしれません。気持ちの持ちよう次第で、こんなにもラクに聞けるんですね!」と喜んでおられました。「こっちに帰って来いと言われたら、やっぱりストレスですけど、両親の考えを聞く貴重な機会になりました。兄も上手に巻き込みながら取り組んでいきます!」と話してくれました。

これから介護の問題に直面するかもしれない方は、何から準備を始めればよいかわからないことも多いでしょう。まずは、かかりつけ医、服用中の薬、お薬手帳や健康保険証の置き場所を確認することから始めてみてください。

「自分に色々期待されるのは困る」「話し合いを避けたい」と感じることもあるかもしれません。「親の希望全てに応えなくてもよい。まずは情報を集めるだけ」と意識し、気持ちよく話せる機会をつくることから取り組んでみてください。確かな一歩になるはずです。

この記事の提供元
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著者:橋中 今日子

介護者メンタルケア協会代表・理学療法士・公認心理師。認知症の祖母、重度身体障がいの母、知的障害の弟の3人を、働きながら21年間介護。2000件以上の介護相談に対応するほか、医療介護従事者のメンタルケアにも取り組む。

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