介護やケアに関する書籍の著者さんに、本にまつわるお話をお聞きしていきます。初回は「MySCUE」で「離ればなれ介護」を連載し、数多くの介護関連本を出版してきた介護作家の工藤広伸さんです。岩手で一人暮らしをする認知症のお母さまを、東京から遠距離で介護を続けている工藤さんに、執筆を始めたきっかけや、介護と仕事の両立、書籍に込められた想いについてお話を伺いました。

1. 40歳での介護離職から天職へ

盛岡で暮らす祖母と母の介護のため、2013年に40歳で当時勤めていた会社を退職した工藤さん。2015年に初めて本を出版する前から、ブロガーとしてご自身の遠距離介護のことを書かれていました。執筆にはどんなきっかけがあったのでしょうか。

「今でもはっきり覚えているのですが、骨折で入院した祖母の付き添いをしたあと病院から自宅へ帰るとき、急にふと『40代、男性、遠距離介護、というテーマで発信したら、誰かの役に立つのではないか』と思ったんです。当時はまだそういう発信をしている人があまりいなかったんですよね」

ブログで介護について書き始め、それが本の出版につながると、徐々に読者とのつながりを感じられるようになったそうです。

「3冊目の『がんばりすぎずにしれっと認知症介護』が出たときに、紀伊國屋書店さんの新宿本店でイベントを開いてもらいました。トークが終わってサインを書いていた時に、お客さんの一人が僕の手を握って泣き出してしまったんです。言葉は無かったですが、なんだかこう、ほっとされている感じがしたんですよね。自分と同じように介護をしている人がここにいるんだ、と思ってくださったんじゃないかな。うれしかったですね」


『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』書影
『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』(PHP研究所) ※筆者撮影

今年の1月に刊行された『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』(PHP研究所)に工藤さんがこんなことを書いています。


ーー「親のため」と思って介護していると、早々に壁にぶちあたります。そもそも自己犠牲的に親の面倒をみるのは間違っていて、自分の幸せをあきらめずに親の面倒をみるのが正解なんです。
(工藤広伸『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』p.37~p.38)



一見、介護離職という事実とどこかミスマッチにも思えるこのくだり。実は工藤さん、当時仕事を辞めたいという気持ちがあったそうなのです。

「40歳までは会社勤めで疲弊していて、日曜の夜は明日が来るのが嫌で……。人生の忙しさのピークだったと思います。ある意味、渡りに船だと思って退職しました。もちろんその後の収入面での苦労はありましたが、なんとか自分で仕事を作ってきたような感じです。

書くことが仕事になるのは初めてでした。最初は編集の方から原稿をすごくたくさん直されて、こういう世界なんだ、と驚きました。まさにOJTみたいな感じでしたね。今でも自分で上手いなんて思ってはいないですが、介護のことを書いて誰かによろこんでもらえるなんて、こんな天職に出会えるとは思っていませんでした。会社員時代は、直接ありがとうと言われたり、ましてや涙を流されたりするなんてこと無かったですから」

介護をきっかけに新たな人生へと舵を切った工藤さん。次は今の働き方についてお話を伺います。

2. 「今日もしれっとしれっと」仕事と介護の両立

工藤さんのブログや音声配信の「Voicy」は、「今日もしれっと、しれっと」という言葉でいつも締めくくられています。講演会などで読者やリスナーに会うと「今日もしれっと……と言ってください」と頼まれることもあるのだとか。この言葉にはどんな想いが込められているのでしょうか。

工藤広伸さん、小黒悠さんと取材時の様子
岩手に帰省中の工藤さん(写真上右)と筆者(写真下段)の取材時の様子



「何事もなかったかのように介護をしたい、と思っているんです。母は認知症なので、例えば今朝は平穏にデイサービスに送り出せたのですが、逆に昨日はすごく大変でした。毎日感情に波があるんです。そこに振り回されず、できるだけ波を小さくしたいと思っているので『今日もしれっと、しれっと』と書くことで、自分がそう思えるように、何事もなかったかのように介護をできるように、と」

たしかに介護は、こちらの意思ではどうにもならない出来事が起きるのが日常茶飯事です。しかもそれは、認知症などそれぞれが抱えている症状によるものなので、介護される本人にとってもコントロールできることではありません。そんな毎日を過ごしながら、工藤さんはどのように仕事と介護を両立してるのでしょうか。

「今は東京と盛岡を行き来しながら介護をしているのですが、盛岡にいる日は、母をデイサービスに送り出した後、帰宅する夕方までの間に仕事をしています。とは言え、出来るだけ東京にいるときに仕事するようにしていますね。やっぱり“思わぬ介護”みたいな出来事がいろいろと起きるんですよ。

例えば先日は母がトイレにパッドを流して詰まらせてしまったので業者さんを呼んだり、そうかと思えば、入れ歯の歯が抜けてしまって、近所の歯医者まで何度も往復したり……そういう、予定になかった出来事が次々と起きる(笑)。遠距離介護なので、自分が盛岡にいる間に対応を終わらせておく必要があるんです」

そんなときも「しれっと、しれっと」介護をする工藤さんですが、逆に東京にいる間はいつ原稿を書いているのでしょうか。

「朝の時間を使っています。だいたい7時半頃から母を起こすために遠隔でカメラを使って呼びかけるので、自分は6時頃に起きて1時間~1時間半くらい書きます。あと最近は盛岡へ行く新幹線をわざと各駅にして、その時間に書いたりもしています。結構集中できて、いいんですよ」

年々お母さまの認知症が進行して、以前より介護に使う時間が増えてきても、何か突発的なハプニングが起きたときにすぐ対応できるよう、締切までに余裕をもって原稿を書くなどの準備をしているそうです。

「貯金を作っておくような仕事の仕方をしています。それに僕の場合、ギリギリに書くよりも良いパフォーマンスができるような気がするんです」

これまでに計7冊もの書籍を出版した工藤さんの仕事術は、コントロールできない状況の中で、いかに自分の時間割を作っていくかがポイントのようです。

3. 何者でもない自分だから書けること

遠距離介護を始めて12年が経ちますが、長期化する介護の中で、これから書いてみたいことは何かありますか?

「母は現在、要介護4なのですが、書籍を書くときに求められるのは、もう少しライトな内容なんです。ちょっとディープな内容、例えば母のおしりを拭く息子の気持ちとかね(笑)。そういうことも書けたらいいんですけど、リクエストとはちょっと違うので、それは連載やブログのほうに書いています。ちなみにエピソードやネタは、ブログと書籍で分けています。書籍は購入していただくものなので、とっておきは書籍に回すなどの意識もしています」

そのほか大事にしていることはありますか?

「お医者さんとか、国家資格を持った介護福祉士や社会福祉士とかではなく、何者でもない自分が書いている、ということがポイントなのかなと思っているんです」

『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』で、工藤さんは「介護の専門書が必ず役に立つわけではない理由」としてこんなことを書いています。


--たとえば、介護の専門書には、「認知症の人が妄想を話しはじめたとしても、否定してはいけません。なぜなら、認知症の人にとっては、それが事実だからです」と書いてあります。(略)でも、どうしてもうまくいかないし、母とぎくしゃくしてしまうんです。(略)それで、なんでだろうと考えてみると、理由がわかりました。そういった介護の専門書には、だいたい「時間軸」が抜けているんです。(略)数回なら否定せずに聞けますが、これが1日に何十回も言われたら、どうしょうか?わたしのように介護が12年以上続いても、我慢できるでしょうか?
(『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』p.59~p.60)


「実際に介護をして感じたことや、得られたノウハウを書くことで、もしかしたら『お前だけのノウハウじゃないか』と突っ込まれることもあるかもしれないけれど、発信してみると、意外と全国に同じような悩みを持ってる人がいるんです。

だから、僕みたいな著者がもっと増えてほしいと思っているんですよね。いっぱい現れて、みんなが本を出して、それでどこかで誰かが救われてくれたら、うれしいじゃないですか」

4. お話を伺ってみて

工藤さんは、介護をしてきたからこそ、今をすごく大切に思えるようになったそうです。歳を重ねたお母さまから見れば、自分はまだまだ若い。元気に動ける今の時間をもっと大切に、楽しんでおかなくちゃ、と感じているそうです。

お話を伺ってみて、工藤さんの数々の実体験が詰まった書籍が、介護という言葉が持つ重たいイメージを「しれっと」朗らかに変えてしまう理由が分かったような気がします。



写真(トップ):工藤さんより


●工藤広伸(くどう・ひろのぶ)
介護作家・ブロガー
1972年岩手県盛岡市生まれ、東京都在住。2012年より岩手で暮らす認知症の母を、東京から通いで遠距離在宅介護を続けている。途中、認知症の祖母や悪性リンパ腫の父も介護し看取る。介護に関する書籍の執筆や、企業や全国自治体での講演活動も行っている。認知症介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。著書に『親の見守り・介護をラクにする道具・アイデア・考えること』(翔泳社)、『親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと』(翔泳社)ほか
介護ブログ『40歳からの遠距離介護


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著者:小黒悠(おぐろ・ゆう)

ケアする本屋「はるから書店」店主。20代後半に始まった介護経験を活かして、介護に「やくだつ」本と、気持ちの「やわらぐ本」をセレクトしています。元図書館司書。古い建物と喫茶店がすき。平日は会社員、ときどきライター。
・はるから書店公式HP https://harukara-reading.stores.jp/
・はるから書店・小黒悠note https://note.com/harukara/
 

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