これは、50代の息子(著者・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父親(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。数年前、息子は関西に住む父親を引き取って、2人で田舎暮らしを始めました。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)にある築100年の古民家です。ここで、歌や曲や文章を書くことを生業(なりわい)とするバツイチの息子と、アルツハイマー型認知症を患っているバツイチの父親が、関西人独特の「ボケ」と「ツッコミ」を繰り返しながら、ドタバタの介護の日々を送っています。
ここ佐々並の、うちの目の前の田んぼでとれた「九郎米(くろうまい)」は、めっちゃ美味(うま)いんです。
しかもそのブランド米を、佐々並の地下96mから汲み上げた伏流水を使い、炊飯器ではなく土鍋で炊くと、さらに極上になります。
そらもう、まさにお米が立つのです。たまりません。
今日は、いただきものの松茸があります。それを見て、もう、ハルシのテンション最高潮!
「九郎米」といっしょに炊きこんだマッタケご飯、最高です。
さらに別の日は、トマトライスを仕込みました。
ニンニク、バジル、オリーブ油、オレガノ、タマネギ、ピーマン、茄子、白ネギ、鶏肉、天然海塩、粗挽きブラックペッパー、チリペッパー、白ワイン。それから、トマトに「九郎米」。
これを、じっくり炊きあげ、もいちど、フライパンで軽くあぶったあと、玉子をまいて、オムライス。
「ハルシ、美味(うま)かったか?」
「うん、美味かったで」
「美味かった時は、どない言うねん?」
「あ〜美味かった、や」
「違うがな、そういう時は『馬勝った、牛負けた』やろ?」
「そうやった、馬負けたや!」
「ちがう!」
「牛勝った!」
「それ、無理に間違えてんのんか?」
「当たり前田のビスケットやないかい」
「クラッカーや」
「おいっケンジ。ワシ、いつになったら家(※兵庫県尼崎市の自分のマンション)に帰れるんやったかいなあ」
「さあな~、いったい、いつやろなぁ……」
「しまいに、逃げて帰るで」
「また始まったんかいや。いつになったらあきらめるんや、毎回毎回おんなじ話をしてからに……いったい逃げてどないして帰るつもりなんや」
「そんなもん、どないしてでも、帰るがな」
「ハルシ、一人で何もできんやろ」
「出来る」
「飯(めし)つくられへんやろ」
「つくれる」
「薬飲まれへんやろ」
「飲める」
「酒のまれへんやろ」
「飲める」
「ほらみてみいや。一人で生活したら、また酒のんで、カラダこわすのが目に見えてるから、医者はハルシを一人にしたらあかん、と、こう言うわけやねんで」
「おいっケンジ、もっぺん聞いてくれや」
「誰に聞くねん、医者にか」
「アホか、ワシにやがな」
「何回聞いてもおんなじやと思うけどなあ」
「ええから、もっぺん聞いてみてくれや」
「しゃあないなあ、ほならいくで、ええか?」
「よっしゃ〜!」
「ハルシ、一人では、何もできんやろ」
「出来る」
「飯は、つくられへんやろ」
「つくれる」
「薬は、飲まれへんやろ」
「飲める」
「酒を我慢出来ひんやろ」
「出来ひん」
「ほらみてみい。やっぱりあかんやないか」
「オマエ、なんかインチキせなんだか? さっきと言うこと、変わったんとちゃうか?
最後のとこで『飲まへん』と、ワシは言うつもりやったんやで」
「ほんなら、最後にそう言うてみ。もっぺんやるで。ええか、これが最後やで」
「よっしゃ〜!」
「ハルシ、一人では、何もできんやろ」
「出来る」
「飯は、つくられへんやろ」
「つくれる」
「一人で買い物行かれへんやろ」
「行ける」
「薬は毎日飲むやろ」
「飲まへん」
「あかんやないかい、薬飲まへんねんやったら……」
「なんか、おっかしいのう」
「何回やっても、同じやがな。ハルシ、今日は調子が悪いんやて、今日のところは、潔くあきらめなはれ」
「ハルシ、朝からそんだけ食える年寄りは、世の中のどこ見渡しても、なかなかおらんで?」
「誰が年寄りやねん?」
「あんたや!」
「ワシは、まだまだ若いで」
「世間ではそれを、年寄りと呼ぶんや」
「そんなんゆうのん、オマエだけや」
「そんなことないと思うわ」
「ワシな、病院(ディサービス)行っても、みんな看護婦(看護師)さんがな、ハルシさん、ハルシさん、って呼びよるで」
「そらそうやろ? なんぼなんでも、年寄りさん、とは呼ばんがな」
「そんなことないわい」
「さて、そろそろ買い物に行かな、ハルシが食うもん、尽きてきたで」
「そらあかんがな、いったい何が足らんようになるねん」
「そやなあ、まずは、
・ハルシが朝飲む、コーヒーに入れる牛乳
・ハルシが朝食う、パン屋が焼いた食パン
・ハルシが朝食う、食パンに乗せる、チーズ
・ハルシが朝食う、ピザトーストに振りかける、パセリ
・ハルシが朝食う、バナナ
まあ、ざっとこれくらいかな。それとあと、ハルシの今晩のおかずや」
「なんや、ワシの食うもんばっかりやないか?」
「当り前や。この家はハルシを中心に回ってるんやで」
「それでか」
「なんや?」
「それで昨日、便所から戻ってきたら、ワシのベッドや天井がグルグルと回りよったんやな。ようやく今、わかったわ」
「いや、それは単にお迎えが近いからやと思うけどなあ……」
写真(トップ):PIXTA
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著者:久保研二
久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
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