これは、50代の息子(著者・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父親(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。数年前、息子は関西に住む父親を引き取って、2人で田舎暮らしを始めました。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)にある築100年の古民家です。ここで、歌や曲や文章を書くことを生業(なりわい)とするバツイチの息子と、アルツハイマー型認知症を患っているバツイチの父親が、関西人独特の「ボケ」と「ツッコミ」を繰り返しながら、ドタバタの介護の日々を送っています。

 

1. 「親」という字は木の下に寝転んで見る?

「ハルシ、これな、ワシが漬けた高菜の漬けもんやで」
「死んだ親父が、高菜が好きでなあ……。ワシ、わざわざ自分で高菜を庭に植えてなあ、よう親父に食わしたもんやで……」
「ハルシ、なかなか親孝行したやないかい」
「当たり前やないか。ウチの親父は、偉かったでぇ」

「どんなふうに偉かったんや」
「それが、ようわからんのやが……やっぱり、人望ゆうか、人徳があったんやろなぁ」
「なんでそんなんが、わかるんや」
「そらな、正月とかな、毎年ウチの家だけな、大勢の客が入れかわり立ちかわり……新年の挨拶に来(く)んねんで」

「へぇ〜、別に政治家でも先生でもなかったのになぁ」
「ウチの親父はな、とにかく人の面倒見がよかったな、友だちも多かったしな。
ワシも子供として、やっぱり親父は偉いなぁと、いっつも感心しとったからなぁ。
それは、ワシが大人になってからでも変わらんかったなぁ」

「すると、ハルシとは正反対やな」
「……なんやて?」

「ワシは、ハルシが羨ましいわ」
「ワシの何が羨ましいんや」
「そんなええ父親を持ったハルシが羨ましい、ゆうとるんや。そんなええ親父に恵まれんかったワシは、ただただ悲しいんや」
「そらオマエ、別にわざわざ悲しまんでもええで。ワシかてなかなか、ええ父親やないかい」
「そらな、無理矢理そう思い込むことは、もしかしたら可能かもしれんけどな、でもそれは、しょせんは嘘やろ、ファンタジーやろ」
「オマエには人間の深さが理解できんのじゃ」

「ハルシ、えらい大きく出たなあ。人間の深さときましたか」
「オマエみたいな底が浅い人間にはな、ワシみたいな父親の良さが、ちょっとやそっとでは、わからんもんなんや」
「その深さを、ちょっとでええから、ワシに教えてえな」
「あのな、『親』という字はな、木の上に立って見る、と書くんや。親ゆうのはそれくらい偉いんや」

「そやけどな、木の上は、そもそも高いやろ? その上にさらに立ったら、危ないやないか。落ちたらどないするんや」
「そらそやな。最近時々ふらつくしな。ふらついて下に落ちたら、痛いどころか、打ち所が悪かったら、骨折るかもしれんなぁ」

「そやからな、そら親も、若いうちは木の上に立って、見下ろしとったらええけどな、歳をとったら、わざわざそんなことせんでも、木の下で寝転んで目ぇつぶってた方がええんとちゃうかい」
「そらそやな。オマエもたまにはええこと言うなぁ」


落合さとこさんイラスト1

2. ハルシの生前戒名は、これで決まり⁈

「なあ、ケンジ。墓のことやねんけどなあ」
「墓がどないしたんや? ハルシ、久保家の墓には、嫌いな兄貴がもう入ってるから、死んでも一緒に入るの嫌やと言うてたなあ?」
「そうや、そのとおりや」
「それで昔、中学生の孫(ケンジの娘)にやなぁ、『おじいちゃんの言うこと聞いたら墓を買(こ)うたる』ゆうて、孫にバカにされたんやもんなぁ」
「そんなこと、ワシが言うわけないやろ」
「ハルシが忘れただけや。
そらなあ、中学生の女の子が、墓こうたるいわれても、嬉しいわけがないで」
「そんなことないわい、誰かて墓をこうてもうたら嬉しいわい」

「そやけど、どないすんねん? ハルシが死んだら、久保家の墓に入ってもらうで。そしたら墓参りも一回で済むさかいになあ」
「そやねん、そこや問題は……。もしもワシが別に墓をこうてもやなあ、そこにワシとオマエしか入らへんねんやったら、墓はそのあと荒れ放題やろ?」

「ちょっと待てい! いったい誰がハルシの墓に一緒に入ると言うたんや? ワシは爺さん婆さんと一緒の墓に入るで」
「オマエ、ワシの息子やないか?」
「そやけど、ワシは久保家の人間やから、久保家の墓に入るんやないかい」

「オマエがそないに裏切りもんやとは、思わんかったわ……。そうなると、ワシも嫌やけど、一緒の墓に入らなしゃあないか……」
「そうやなあ、まあ、入れてもらえるだけでも、ありがたいと思った方がええやろな。ハルシの場合は、生前の行いが悪すぎたからな」

「そやけど、そうなると戒名が気になるなあ」
「何でそんなもんが気になるねん?」
「オマエら、どうせワシの葬式を適当にしかせんで、坊さんに払う金もケチるやろ? そやから、まともな戒名をつけるわけがないがな」

 

「ほんまに、ハルシはアホやなあ」
「なんでや?」
「ワシを誰やと思うてんねん? 伊達や体裁で大先生ってな呼ばれ方をしてへんで。ワシはなあ、筆と頭で飯食うてんねんで。歌をつくったり、本を書いたりしてんねんで。そんなワシが戒名のひとつやふたつ、書けんでどないするんや?」

「そうか? そらええことを聞いた。それやったらちょうどええわ。ワシにピッタリの上等なやつを、一発スカッと考えてつけてくれや」

「よっしゃ。こういうのを、生前戒名と言うんやで。瞬間でつくったるわ……。
チョイチョイ……チョイチョイ……くっくっくっ……(笑)」
「何がおかしいんや?」
「いやな、あまりにも出来がええから、自分で自分を褒めてたんや」
「どれやどれや、ちょっと見せてみい、ワシに……。何々……? ねへいんおおほじこじ……」

「そうや、ええやろ?」
「うん、なかなかええなあ……。そやけど、この『屁』ゆう字だけは、気に食わんなあ。あんまり戒名にはふさわしゅうない字とちゃうか? やっぱり字には、使う場所によって、見た目がええ字と悪い字があるで、この字だけは、どうも気にいらんなあ」
「『屁』だけ、かい?」
「そうや、あとはようでけてる」

 

「治(はる)っさんの目は、ものすごい節穴やなあ、まあええわ……」
「そうや。ワシはずっと、目ぇだけは、ええで」
「そうやなあ、『寝屁院大呆治居士』でええと思うけど、ほんなら『屁』はやめて、そこを『楽』に変えよか?」
「『寝楽院大呆治居士』か、よっしゃ、それで決まりや!」


落合さと子さんイラスト

 

写真(トップ):PIXTA


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この記事の提供元
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著者:久保研二

久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
https://lit.link/kubokenji

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