1. エンディングノートを親に書いてもらう理由の振り返り
第2回の記事
「親が元気なうちにやるべきこと」では、親にエンディングノートを渡して、財産や加入している保険の状況、将来の介護方針について書いてもらいましょうと書きました。
本当は親が元気なうちに、人生の最期について話し合って欲しいと思ったのですが、何かきっかけがないと話せないし、難しいと考えました。そこでまずはエンディングノートを親に渡す、という最もシンプルな提案にしたのです。
今回は一歩踏み込んで、エンディングノートに記載すべきことや、なぜ親が元気なうちに話し合って欲しいと思っているのかについて、わが家の実体験を交えてご紹介していきます。
2. エンディングノートとは?
エンディングノートには下記の項目が用意してあって、ノートに書いてある質問に答える形で記載していきます。
・人とのつながり(家族、親族、友人、知人)
・財産や借金の情報(銀行口座、証券口座、保険番号、借金)
・介護の方針(在宅介護か、施設介護か)
・告知や延命措置(病名の告知、人工呼吸器を使うか)
・葬儀やお墓の方針(喪主、葬儀費用、参列者)
エンディングノートには、法的拘束力はありません。相続の割合を記載しても、無効です。それでもエンディングノートを書いて欲しいと思っている理由は、親の意思を確認するためです。
なぜ、親の意思を確認しておく必要があるのでしょう?
3. 祖母の意思を何も知らないまま、突然介護は始まった
わたしが子宮頸がんで倒れた祖母の介護を始めたとき、すでに認知症は重度まで進行していました。わたしは祖母がどこの銀行口座をもっているのかも、がんの告知をして欲しいのかも分からず、さらに延命措置を行うかどうかなどの命の重要な判断まで代理で行う必要に迫られました。
銀行口座は、家庭裁判所で成年後見人の申立てを行い、わたし自らが成年後見人に選任されました。そのおかげで祖母の代理人として銀行口座を探せるようになったのですが、見つけるのに2か月以上もかかってしまいました。
もしエンディングノートに銀行名や口座番号が記載されていたら、もっと簡単に祖母の口座を見つけられたはずです。
病気の告知については、子宮頸がんでステージⅢaであることや、余命が半年しかないことは、祖母には伝えませんでした。祖母はがんのステージを理解できないし、余命は理解できても、ショックを受けるかもしれないと思ったからでした。
また延命措置を行うかどうかは、祖母の娘であるわたしの母と叔母と一緒に話し合って、延命措置は行わないと決めました。
しかし、病名や余命の告知は本当に不要だったのか? 延命措置はしないと決めたものの、その判断でよかったのか? 祖母が亡くなって10年以上経った今でも、自分の判断が正しかったのかと自分に問うこともあります。
4. 祖母の代理判断をしてしまった後悔を繰り返さないために
祖母を看取ったとき、たとえ家族であっても人の命に関わる重要な判断を代理で行うのは難しいと思いましたし、二度と代理で判断はしたくないと思いました。
認知症になって自分の意思が伝えられなくなったり、事故で急に言葉を発することができなくなったりする前に、親の意思を聞いておいて、その意思に基づいて判断し行動した方が、自分の心理的負担を小さくできますし、親にとってもその方がいいと思います。
こうした苦い経験から、認知症の母と毎年意思の確認をしています。祖母の命日は11月4日で、毎年命日が近くなったら、母の最期について一緒に話し合うようにしています。
最新のエンディングノートに書いてある母の意思は、下記になります(括弧の中が答え)。
・介護は在宅がいいか、施設かいいか(可能な限り、在宅を希望)
・病名の告知はして欲しいか(必要なし)
・延命措置は行うか(行わなくてよい)
・棺に何を入れたいか(舟木一夫の写真集やCD)
・戒名にお金をかけるかどうか(お金はかけなくてよい)
・葬儀に誰を呼んで欲しいか(親族のみで行う)
母の認知症はだいぶ進行しているので、年々話し合いが難しくなりつつありますが、それでも意思を確認し続けています。それだけ祖母の命の代理判断は、わたしにとって大きな負担だったのです。
本人の意思どおりにさえ事を進めれば、ストレスを抱えなくて済みますし、長期にわたって後悔することもないと思います。
母の最期の瞬間に立ち会う日が来たら、母の意思に反して、延命措置をしたいという迷いが生じるかもしれませんが、今は粛々と母の意思通りに行動するつもりでいます。
今年でエンディングノートの更新は10回目になりますが、母の意思は最初からほとんど変わっていません。エンディングノートに書いた母の希望どおり、在宅で介護を続けられています。あとはいつかやってくる最期の瞬間に、母の希望どおり行動できるかどうかです。