これは、50代の息子(私・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)地区にある、築100年の古民家です。アルツハイマー型認知症の父を、24時間つきっきりで在宅介護するのは無理!ということで、デイサービスの利用が本格的に始まりました。父は思いのほか喜んでデイサービスに通うようになり、息子も一人の時間をもてるようになりました。

1. 息子の知らない世界で、父は意外と楽しそう♪

今朝、いつものようにデイサービスの車が迎えに来てくれた時、出発の準備がまだできていませんでした。職員さんに謝って、少し遅れて私が施設までハルシを直接送り届けることになりました。

施設は車でほんの5分ほどの距離のところにあります。到着するなり、自ら進んで車から降りたハルシは、玄関先にいた施設の女性職員さんに向かって大きな威勢の良い声で、「オッス!」と、呼びかけました。完全に、常連のお得意様になり切っております。

なんやかんやというても、デイサービスに行くのが嫌だと言わないので、息子が知らない世界での女性職員さんらとの人間関係を、案外ハルシはハルシなりに楽しんでくれているのかなと、少しホッとしました。

息子の知らない世界で、父は意外と楽しそう♪

2. 人間の習慣とは、実に恐ろしい

私は“自分へのご褒美”という表現が、なぜかあまり好きではありません。けれども、今朝も早くから朝食の準備をしてハルシを起こし、すべての着替えを袋に詰めてデイサービスに送り出した後、空っぽになったファンヒーターの灯油を補充し、ホッと一息ついたら、「自分へのご褒美」という言葉が、ポロッと唇の左端からこぼれ落ちました。

今日は、地元ラジオのレギュラー番組の収録日。洗髪もしたいし、ゆっくりと湯船につかってリラックスをしてから出動したいと思うのですが、外は小雨が降っています。

ちなみに、うちの家は昔ながらの五右衛門風呂。風呂場の外にある釜で木を燃やす必要があるのですが、こんな天気の日は空気が湿っていて、すこぶる火がつきにくいのです。ということで、“自分へのご褒美”です。近所の露天風呂に行くことにしました。

うちの家から、車でのんびり15分弱。ワンコインでお釣りがくる入浴料で、シャンプーやボディソープも付いた天然温泉の露天風呂。ルンルン気分で、私は着替えと手ぬぐいとバスタオルを、結婚式の引き出物が入っていたビニール製の四角い袋に詰めます。着替えの準備は、ハルシのデイサービスで慣れているのでお手のもの、ホホイのホイです。

露天風呂にゆっくり浸かると、「あ~気持ちええ」と、魂の底から声が湧き出るのです。“自分へのご褒美”は、実に心と身体が温まります。心ゆくまでゆっくりとくつろいでから、脱衣所で身体を拭いて、服を着ようとして、しばし呆然と立ち尽くしました。トランクスがないのです!

この私が入れ忘れるはずがありません。他のものは忘れても、洗濯したトランクスは風呂上がりには必須です。せっかくの風呂上がりに、一度脱いだトランクスをもう一度はくのは、たとえ裏返しにしても、人間としてのプライドが許しません。
「忘れるはずがない」

もう一度、念入りに袋の底をまさぐってみると……、代わりに紙オムツのパンツが入っていました。

人間の習慣とは、実に恐ろしいものです。結局、ノーパンのままジャージをはいて、帰宅しました。

人間の習慣とは、実に恐ろしい

3. ショートステイの予行演習も大成功!

一昨日と昨日は、ハルシにとって初めての、“お泊まり体験”でした。専門用語で、ショートステイ、というやつです。実は、本格的にショートステイができるかどうかの、予行演習だったのです。

一泊二日で、個室に宿泊。テレビ見放題。トイレも我が家と異なり、部屋の中、数歩でたどり着けます。おまけに、全部手すりつき、至れりつくせりです。
職員さんもさすがに慣れていて、常に笑顔でやさしく接してくれるので、ボロクソに言う長男とは大違いです。

「ハルシ、どないやった? 良い子にできたか?」
「ここな……ここ、ええとこやわ」
「ほう、気にいったか?」
「便所がすぐ近くなんがええな、それに、みんなやさしいし、礼儀正しいしな」
「風呂、入ったそうやないか? 家では、なんぼゆうても入らへんくせに」
「はいったよ」
「なんでや? 他人が言うたら、入れるんか?」
「風呂な、車椅子でそのまま入ってな、服も全部むこうが脱がしてくれてな、シャワー浴びるねん。身体みな、二人がかりで洗ろうてくれてな、足の指のあいだまで、丁寧に洗ろうてくれるわ」

以下は、職員さんからの通信簿。
『初めてのご利用でしたが、他の利用者さんとお話をされたり、テレビを見られたりと、ホールで楽しく過ごされていました。食事は全部摂取されています』

いやあ、めでたしめでたし。ちゃんと、ショートステイでお利口にできれば、私がプロデュースしているアーティストの遠方でのライブや、講演の仕事がある時などでも、なんとか乗り越えることができそうです。


写真(トップ):ピクスタ

▼前回までの記事
進退ここに極まれり 不良中年の私が厄介な父を引き取った理由|父と息子の漫才介護①
予想外の珍ケース! 嫌われ者だった父の性格が穏やかに!?|父と息子の漫才介護②
認知症の父との会話 なんとも言えない「面白さの粒子」に気づく|父と息子の漫才介護③
深夜の台所からのピー音!昼夜逆転の父の料理に悲喜こもごも|父と息子の漫才介護④


この記事の提供元
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著者:久保研二

久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
https://lit.link/kubokenji

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