書店主で著述家としても活躍している辻山良雄さんによる、本と読書についての連載。今回は、話すこと、そしてそれを通じて自分自身を考えさせられる3冊の本を紹介します。

1冊目は、雑談を生業にしている女性による「雑談」についての本。ハウツーではなく、より深く自分自身の内面を覗き見るような感覚をもたらしてくれます。2冊目はインタビュアーで作家の伊雄大さん、3冊目は人気のエッセイストで話す仕事でも活躍しているキム・ハナさんの、いずれも話すことについての本。効率では測れない発話や〈わたし語り〉の重要性に気づかせてくれます。

1. 「雑談」を通じて見えてくる〈わたし〉

あなたは最近、誰かと話をしましたか?
話すことは自転車に乗ること同様に、一度慣れてしまえば意識せずとも勝手に出来てしまう行為である。しかし、だからこそわたしたちは、「話す」ことにより何が変わっていくのか、これまでその効能を深く考えてこなかったのではないだろうか。

本連載は読むことで〈わたし〉になろうと試みるもので、読むとは多くの場合、ひとりで行う自分との対話である。しかし今回は、誰かと関わりながら〈わたし〉自身になろうとする本を紹介してみたい。

桜林直子さんは「雑談」を仕事にしており、これまでマンツーマンでの雑談を三千回以上行ってきた。そして様々な人の話を聞く中で生まれた本が、この『あなたはなぜ雑談が苦手なのか』だ。桜林さんのいう「雑談」とは、天気の話や軽い世間話など間を持たせる会話ではなく、「わたしは何が好きで、何が嫌いか」、「これまで話したことはなかったが、実はこう考えている」など、自分について話す行為を指している。


なぜ雑談が苦手なのか_書影
あなたはなぜ雑談が苦手なのか』桜林直子著 新潮新書
  


桜林さんのセッションでは、「雑談が苦手なんです」と語っていたかたでも話しはじめると少しずつ言葉が出てきて、「こんなに自分のことを話すとは思わなかった」と感想を口にする人も多いという。自分のことはわかっているつもりでも、誰かを前に雑談することで、頭や心の中が整理され「わたしはこう思っていたんだ」と新たな自分を発見できるのだ。ひとりで考え自分自身に深く潜ることは、〈わたし〉のことばを見つけるためには欠かせないが、それを世間の中で活かしていくには、人と多く交わり、他人とのあいだに〈わたし〉のことばを置いてみることも必要なのかもしれない。

それではなぜ、人は自分の話ができないのだろう――確かに自分のことを誰かに打ち明けても、否定されたり、正しいかどうか相手に「ジャッジ」されてしまえば、話すことも怖くなる。しかし自分の言葉をどう受け取るかは相手次第でもあるので、信用している人や信用したい人には、まずは自分のことを話してみるしかない。

こうした「人を信用すること」について桜林さんは、「人を頼るというのは、他人のプールに飛び込むことではない。まず自分のプールで泳ぐのが先で、それを見せて、困ったら助けてくれる、と信じることなんだ」(※1)と、独自の「プール理論」を用いて説明している。人には頼ってもいい、いやむしろ積極的に頼るべきだが、そうするためには自分の心と体も開いていなければならないのだ。

本書にも説かれているが、雑談のキモは正直でいることだ。自分をあまりに高く見積もる人にも困ってしまうが、むやみに自分を卑下することにも、実は同じくらい根拠はない。お互いを育てるよい「雑談」は、率直で正直な土壌から生まれてくるのだ。


文中引用箇所:※1…P.81

2. 自分を見失わず、〈わたし〉のことばで話すために

しかしそうは言っても「わたしはうまくしゃべれないから」と、話すこと自体に気が引けてしまう人も多いだろう。インタビュア―で作家の尹雄大さんは、『句点。に気をつけろ 「自分の言葉」を見失ったあなたへ』の中で、上手に理路整然と話せなくても、話しているあいだのつっかえや言い淀みに、その人自身の言葉が現れると説いている。


句点に気を付けろ_書影

句点。に気をつけろ 「自分の言葉」を見失ったあなたへ』尹雄大著 光文社
 

タイトルにある句点とは、文章の終わりに打つマルのこと。いまのコミュニケーションで評価されるのは、句点で区切られたような理路整然とした言葉だが、そうした話し方のノウハウは誰かの成功体験で作られたものだから、ある人にとっては有用でも、それが誰にでも当てはまるとは限らない。それよりはたとえだらだら話してしまっても、とにかく最後まで話し切ることのほうが大事で、「下手かもしれないけどとにかく話せた」という体験が、自分なりの話し方を育て、その人自身のことばを養っていくのだ。

尹さんは本書の中で、一般にわかりやすいとされている、事実や結論を重視した効率的な話し方が、人びとに微妙な不安をもたらしているのではないかと指摘している。効率が、言葉に含まれたその人自身を奪っていくのだ。考えてみれば、深く根差した体験ほど整然と語ることは難しく、話があっちにいったりこっちにいったりするものだが、そうした回り道にこそ、その人の「言葉にならない思い」が詰まっている。

わたしたちが言葉を使って誰かと話すことも、もともとは「その人のことが知りたい」という素朴な動機からはじまっている。もどかしいまま口にすることの大切さを、この本は教えてくれる。


キム・ハナ『話すことを話す』は、話すことで〈わたし〉を変えていった女性の話。キムさんは挨拶もろくにできない内気な子どもだったが、偶然から学級委員になり、みなの前で話すうちに、ぼそぼそした声もはっきりとしたものに変わっていった。意識して話し方の技術も学び、話すことが仕事のひとつにまでなったときには、コンプレックスだった低い声は、「信頼感を与える声」という強みにまで変化していた。


話すことを話す_書影

話すことを話す きちんと声を上げるために』キム・ハナ著 清水知佐子訳 CEメディアハウス
  


キムさんは、誰もが一度はマイクの前に立ってみるべきだという。いまの時代、一時に多くの人に届くような大きな声を発するマイクでなくても、わたしがわたしの声のまま話すことのできる無数の小さなマイクがある。そうしたマイクで〈わたし〉のことを話そうというのだ。

頼りがいのありそうに見える人でもその内には、最初は誰もがそうであった、ふるえる不安な〈わたし〉がいる。小手先の話術ではない、話すことに対しての勇気を与えてくれる本である。



水面



写真:ChatGPT Image、Freepik

この記事の提供元
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著者:辻山良雄

辻山良雄(つじやま・よしお) 1972年兵庫県生まれ。大手書店チェーン〈リブロ〉を退社後、2016年、東京・荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店Titleを開業。書評やNHK「ラジオ深夜便」で本の紹介、ブックセレクションもおこなう。著書に『本屋、はじめました』『365日のほん』『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』がある。最新刊は『熱風』誌の連載をまとめた『しぶとい十人の本屋』(朝日出版社)。撮影:キッチンミノル

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